インドからミャンマーへ!どんどん広がっていく選択肢。


インドで働く人インタビューシリーズ、今回は現地旅行企業にて働く加藤さんにお話をお伺いしました。30ヶ国あまりを見てまわった経験の後に、選んだ土地インド。そこに至る経緯などを詳しくお話しいただきました!

30ヶ国を見て周り、就業を決めた先、インド

インドに来るまでには、どんな経緯があったのでしょうか?

20代前半の頃はバックパッカーとして、日本に戻り貯蓄をし、また旅に出ることを繰り返していました。30ヶ国あまりを旅したと思います。そこで、現地の人や外国人の旅仲間と話をしていく中で、英語での日常会話は出来ても、込み入った話になると語学力が足りないと感じる場面がよくありました。そういった経験から、スリランカにて4ヶ月間の語学留学を兼ねたホームステイをしました。コロンボの郊外で、一日中マンツーマンで英語を学んだんです。当時、スリランカでは内戦によるテロが激化していて、自宅待機命令も出ていたりと過酷な環境でしたが、この時に漠然と海外で働く事を思い浮かべるようになりました。
帰国後、シンガポールで内定をいただいたりもしましたが、結局ビザが降りず、語学力をキープしたい気持ちから、空港の免税店で働くようになりました。実は、その時に同僚が持ってきてくれた話が、今の職場での案件だったのです。

インドという土地に不安などはなかったのですか?

不安は正直なかったです。インドは色々な国をまわった中でも、一番”良く分からない”国でした。良く分からない国だからこそ、インドの文化や、現地の人をもっとりたいという思いが非常に強かったです。また、東京という環境に少し窮屈さを覚えていたこともあり、迷いはなかったです。


 

日本とインドの架け橋だからこそ、見えてくる違い、苦労

今はどんなお仕事をしていらっしゃるのでしょうか?

現在は旅行会社でインバウンドオペレーターとして働いています。(APEX INDIA TRAVEL SERVICE PVT LTD)日本からの観光旅行や、企業視察などを現地でアレンジ・サポートをする役割を担っています。日本側からの要望を受け、こちらのインド人スタッフに、日本人の気質・文化を理解してもらいながらアレンジをしていくなど、苦労も多いですが、とても楽しく働いています。
最近は企業視察案件も非常に増えてきており、インドの地方郊外などになってくると外国人慣れしていない提携エージェントも多いので調整も苦労します。現地で手配する車の写真をデータで送って欲しいという要望に、「データで?どうやって?」との回答があったりと、どうにか趣旨を理解してもらいながら進めるよう努力しています。

日本にいる日本人をお客様にする事で、どんな苦労がおありになるのでしょうか?

特に日本独特の文化面では、調整に苦労する事も多いです。
「一番近いコンビニまでどのくらいですか?」といった質問にはじまり、日本食レストランで日本酒を頼んだお客様が、高額な請求書を目の当たりにして驚かれたりといった事もよくあります。
また、企業視察で、部下の方から連絡があり、ガイドのグレードは上司と差をつけておいて欲しい。上司に良いガイドをつけ、自分にはランクの低いガイドをつけて欲しいという要望。インド人スタッフからすると、「何故良いガイドが2人いるのに、わざわざ低いランクのガイドを雇う必要があるの?」といった感じで、日本人であれば理解できる事を、言語レベルまで落としてインド人相手に伝えるというのは、中々難しく、それでいて貴重な体験だと感じています。
なんで分からないの?と思ってしまう事もたくさんあるのですが、私達も彼等の文化を理解するのにとても時間がかかる。お互いに異なる文化を受入れながら、根気強くやっていくしかありません。

仕事をする中でストレスに思う事、不満に思う事などはいかがですか?

ストレスを感じるといった事はあまりないです。なんだかんだ言いながら、インド人は必ず助けてくれるので、何かあったら頼るようにしています。仕事面では、苛々してしまうことは、それこそ山のように多いですが、感情を抑える事が少なくなりました。こちらも感情をきちんと伝えていかないと重要さが伝わらない事があったりしますし、インド人はどれだけ怒ったとしても根に持つことが少ないので、感情をぶつけ合いながら本音で仕事が出来る環境という意味で、今はストレスなく仕事が出来ています。

インドで働く上で、大切にしている事はなんでしょうか?

日本人としての感覚がずれないよう、日々気をつける必要性を感じています。自分自身、今ローカルな暮らしに身を染めてしまっているので、たまにその日本人としての自分の感覚にずれを感じてしまう事があります。
先日の旅行手配の際に、ヴァラナシの火葬場をご案内差し上げたところ、後から「人が焼かれるところなんて見たくなかった」というご意見を頂戴しました。インドにいると、そのような場面を目にすることも、それほどビックリすることではないような感覚になってきます。でも、日本であれば、それは確かな非日常です。これから先、どこに行ったとしても、日本人としての感覚は持ち続けていかないといけないと強く思った出来事でした。


 

視野を広げたい、そうする事で選択肢が増えていく

休日はどのようにお過ごしですか?

日本人サッカーサークルのマネージャーをしています。また、最近インドの古典舞踊を習っています。インドにいる間にインドでしかできないことを習ってみたいと思い、教室に行ってみたら、踊りの中にもたくさんのインドの神様が出てきたり、体の調子が良くなったりと、とても楽しいんです。また、インドカレーをマスターすべく、スタッフにレシピを聞いて料理をしたりしています。インドカレーって家庭料理が一番美味しかったりする、この味を自分でも作れるようになりたいと思っています。

これからの展望をどうお考えですか?

実は、5月からミャンマー支社に異動が決まっています。
最初からインドに固執するつもりはなくて、もっと幅を広げていきたいという気持ちがあったので、お声掛けいただいて異動する事にしました。この3年間、変わっていくインドを見てきたので、次は政権交代したミャンマーを見るのも面白いと思っています。この先もどこか一つの国に固執する事なく、色々な事を目で見て肌で感じながら、自分の幅を広げていきたいと思っています。
海外に出た事も、思えば視野を広げたい一心だったと思います。来る前と比較すると、世界情勢なども気にするようになった、日本の報道規制なんかも見えてくる、そうやって視野を広げていく事で、自分の中での選択肢が増えていくんだなと感じています。

 

これからインドを目指す人にメッセージをお願いします!

インドに限った事ではないですが、海外で働くという決断はとても勇気がいる事です。
私も決断してからは、毎日尻ごみしてしまいそうな日々でした。それでも、その時に勇気を出して一歩踏み出してみると、色んな人が手を差し伸べてくれるようになります。自分で踏み出すのは、ほんの少しの一歩でいいんです。
決断してからも、自分一人で頑張ろうとせずに、色んな人に助けてもらって下さい。一人では何も出来ないのが当たり前なんです。助けてもらって、そのことに感謝することを忘れずに進んでいければいいと思います。

 

編集後記:次なる選択肢としてミャンマー就職を選んだ加藤さん。インドで働いたことによって、色んな選択肢が自分にもある事を知ったと語っていただきました。オフィスに日本人がいない環境化でも、笑いながら、楽しみながら働いていらっしゃるのが伝わりました。自分をきちんと客観視しながら、それでいて、将来がとても楽しみとお話になる姿に、こちらまで前向きにさせてくれるインタビューでした。