11月8日に突然高額紙幣の廃止が発表されてから二週間が経過しました。銀行には毎日長蛇の列ができ、旧紙幣の両替、デポジット、ATMからの引出、などを求める大勢の人で混乱は続いています。当然ですが、この突然の高額紙幣廃止に伴い、インド国内では消費者の行動、経済効果、決済手段にも変化が表れています。それぞれどのような影響が見られるのかを説明していきます。
自殺までも発生、現在の混乱は如何に。。
高額紙幣廃止発表後に、インドでタンス預金をしていた女性が自殺する事件が起きました。土地を売却して得た金が一気に紙くずになると知り、その後自殺を図りました。インドでは脱税、偽札、マネーロータリングなどの社会問題が蔓延しており、これらを解決するためモディ首相は命がけで今回の発表に至りました。偽札の問題に関して、100万枚につき250枚程度市場に流通しており、1,000ルピー札を見破れる確率は現在80%であるが、それが90%になると偽札の流通良を3~5年の間に50%も削減できる見通しがあるそうです[1]。
また、脱税に関しては全インド国民のうち正当な納税者はわずか2%で、現金をタンス預金として溜め込み、脱税している人も多く存在します。勿論、今回の施策はこうした問題解決に良い影響を与えるでしょう。しかし、当然ながら、影響はそれだけには収まりませんでした。
電子マネー・仮想通貨の利用が急増中

また、仮想通貨の市場でも、変化が生じています。まだ、あまり仮想通貨が発展してないインドですが、そのインドで毎月25,000人の新規顧客を獲得している最大の仮想通貨取引所ZebPayによると、ビットコインに関する問い合わせは過去数日間20~30%上昇しているのです。
同社のCEOSaurabh Agrawal氏は、「ビットコインについて話したことのない人々が私たちに電話をくれる。金融機関もビットコインに投資したいと考えており、まだビットコインの人気がないインドでは大きな変化が起きている。」、と述べています[2]。
こうした電子マネーや仮想通貨の需要が高まると、短期的な視点だと市場における貨幣の流通量は減少し、上記の決済への信用不安から、経済効果は良くない方向へ転ぶと考えられています。特に、インドの主要産業のひとつである自動車や、土地といった高額な取引による影響は長引く可能性があります。日本では考えられないですが、インドでは自動車の購入ですら現金決済されるケースが多く存在するのです。
最も多大な影響を受けるのは?
高額紙幣の廃止で国民の不満が高まっているインドで17日、政府は、農業従事者と結婚式を控えている世帯に限り、銀行からの現金引き出し額の上限を引き上げるという新たな措置を発表しました。また、その一方で、個人の旧紙幣から新紙幣への交換上限額を、これまでの4,500ルピー(約7,200円)から2,000ルピー(約3,200円)に引き下げるという発表もしました。政府は、より多くの人がいくらかの現金を持てるように、と言う趣旨を説明していますが、現在もその混乱が続いています。農村部への打撃は想像以上に深刻

インドは全人口の6割が農業を営んでおり、実は農業大国なのです。彼らにとって、今は大切な時期なのです。と言うのも、この季節は播種期は始まったばかりで、種や肥料の購入、新たな雇用のための現金が必要になるからです。この状況に対して政府は、農家をはじめ、農産物を取り扱う流通業者に、出来る限り多くの現金を届けるため、引き出し限度額を緩和しています。
農家には1週間の引き出し上限を一般よりも少し多い2万5,000ルピー(約4万円)にするとともに、農業保険の政府からの借り入れ分の返済期限を延ばす方針を明らかにしました[4]。
農村からの都市部への影響も拡大
上述の農業地域における現金不足は、実は大都市にも影響を及ぼしています。デリーのアーザードプル卸売市場という所への果物や野菜の供給量が、通常の水準から75%も減少しているのです。また、仮に農家が農産物を付けで売ることで合意したとしても、それらを運ぶ運送業者は前払い金を欲しがるがその現金は用意できていません。そのため、今の市場にはほとんど人気(ひとけ)がないそうです。ですが、一方でインド消費者庁が毎日発表しているデータでは、普通の食料雑貨品の小売価格は先週以来、あまり大きな変化は見られないと言われています。結婚予定世帯への影響も?
インドではこの時期、結婚式がシーズンを迎えています。そのため、結婚式の予定にも混乱が波及しています。多くのATMで紙幣が不足する中、政府は1週間の現金引き出し限度額を2万4000ルピー(約3万9000円)に制限したが、結婚式を予定している世帯に限っては、1回に25万ルピー(約40万円)まで引き出せると発表しています。政治資金、選挙への影響もある?

しかし、どうして政治への影響もあるのでしょうか?これには、選挙資金が関連しています。どこの国でも、多額の資金が選挙活動では必要です。従来、インドでは献金者の隠してきていた不正資金を拠り所にしていました。今回の発表の時期では、インド最大のウッタルプラデシュ州で行われる州議会選挙に向けて動き出す時期と同じでした。この選挙結果は、2019年のモディ氏自身の首相再任の見通しに影響を与える可能性があるものです。
今後行われる州議会選挙では、特に野党は政治資金が枯渇し、問題に直面すると考えられます。モディ首相の与党・インド人民党(BJP)に対し、野党は、今回の高額紙幣廃止について、BJPは事前に知っていたと主張して激怒しているのです。
国民の消費活動の変化と、それに伴うGDPの成長

しかし、中長期的にはプラス側面が勝ると思われています。汚職や脱税などインド経済の問題点を抜本的に解決することが期待できます。汚職の撲滅は、ビジネス環境の改善に貢献するばかりでなく、非公式経済から公式経済への移行による納税対象範囲の拡大、それに伴う税収増に繋がることも期待できるのです。これはインドで大きな課題であるインフラ投資のための財源拡大にも繋がります。一方、高額紙幣廃止は、金への需要を押し上げているが、銀行システムへの現金の預け入れと銀行利用の拡大は、中期的には金から金融資産へと需要をシフトさせることが見込まれているのです[5]。
銀行の融資も拡大へ
インド中央銀行によると、モディ首相が高額紙幣の廃止により、約8兆円相当のタンス預金がインドの銀行システムに流れ込みました。膨大な資金の流入で、インド中央銀行による利下げを転嫁し損ねてきた銀行が融資を拡大し、一層の好条件を提供するとの観測が浮上しています[6]。モディ首相の魂のスピーチ、改革に必要なものとは?

引用:http://www.india.com/news/india/pm-narendra-modi-addresses-nation-live-updates-of-the-speech-1636022/
引用:http://www.india.com/news/india/pm-narendra-modi-addresses-nation-live-updates-of-the-speech-1636022/
紙幣の無効化を宣言した5日後の13日、モディ首相はゴア州にて、国民に対するメッセージを発しました。モディ首相は、国民が困難に直面していることを認識していると述べた上で、ブラックマネーがいかに国を腐敗させているかを力説したのです。改革には痛みを伴うものだが、50日間だけ共に耐えてほしいと国民に訴えかけました。スピーチ中には、「国のために、家も家族も全てをなげうってきた。」と涙ながらに語り、「たとえ火あぶりにされても、私は(ブラックマネーの一掃を)やり続ける。」と宣言しました[7]。
筆者考察
今回突然の高額紙幣の廃止に伴い、インド国内では様々な場所で異なる混乱が多く見受けられました。それらにより、インド経済、政治、農業、消費活動などで少なからず変化が生じました。しかし、モディ首相の命を懸けた、今回の施策はインドの社会問題の解決に対しても、確実に良い影響を及ぼしていると考えられます。短期的な視点のみに囚われず、長期的にインドを良くするために施策を大胆に打つ手腕、度胸、覚悟は多くのインド国民の心に響くものがあるはずです。モディ首相により、インドから近い将来ブラックマネーが無くなり、良い社会築ける日が来るでしょう。
参考
[1] 印ルピー紙幣、4000枚に1枚が偽札?
[2] 高額紙幣廃止のインドでビットコインへの需要が高まる
[3] 突然の高額紙幣流通中止で全インドが混乱! 騒動のなか「漁夫の利」を得たのは?
[4] インドで復活する物々交換―高額紙幣廃止で現金不足
[5]【インド】高額紙幣の廃止で、GDP成長率を押し下げかーHSBC投信
[6] インド、高額紙幣廃止で銀行の融資拡大なるか
[7] インドの発展に向けて 高額紙幣の無効化はモディ首相の荒療治
https://palette-in.jp/20171121-097-specialrecruitment/