【解体新書】JAC Recruitment Indiaの人材コンサルタント<鍵本編>

JAC 鍵本

「インドで働く人」シリーズ【解体新書】は、弊社JAC Recruitment India現地採用として働くコンサルタント鍵本知里(かぎもとちさと)さんにお話をお伺いしました。

2019年6月にインドに就職した鍵本さん。学生時代から胸に秘めていた、海外就職の想いを実現するため、舞台としてインドを選び、キャリアチェンジ。インド渡航は初めてでしたが、どんな形でも「ヒトの成長」に関わる生き方をしたいと語る鍵本さんの素顔に迫ります。

鍵本知里とは?

神奈川県茅ケ崎市育ち。高校生までは、人見知りで授業での発言なんてもってのほかの内向的な人間。

大学3年生で行ったタイ留学、フィリピンスタディツアーで英語の面白さに気づき、世界が広がる。今では初対面での明るいオープンな印象が売りだと自負している。

 
2015年3月日本大学文理学部 体育学科 卒業
中高教員免許は取得。ただ、自分のやりたいことが明確にならず新卒の就職活動はしなかった。
2015年4月長野県川上村農業バイト、 カンボジアインターン
第一次産業に興味があり、農業。海外で働くことへの興味からインターンへ。
2016年4月IT企業  法人営業(勤務地 福岡)
IT企業であれば将来海外へ行けるのでは、という安易な理由で入社。
全国勤務のある大手企業へ入社。後に技術者以外は海外にチャンスがほとんどないことを知る。
とにかく3年間、目の前の業務をこなすためがむしゃらに働く。
早朝出勤、終電後に帰宅を繰り返す日々で心が疲弊した時期もあった。
2019年6月JAC Recruitment India 入社 現在に至る
 

趣味
ランニング(インドの各地マラソン大会に出走)、映画鑑賞

海外渡航歴
タイ、カンボジア、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ケニア、アメリカ、サイパン、台湾、香港、ラオス、スリランカ、インド

 

JAC 鍵本

Palette編集部員
インド就職を決意したきっかけは?

大きなきっかけは友人の結婚式。

幸せそうだ、と思ったけど同時に二人で歩むとなると身勝手な行動も、チャレンジングなことも自分中心では考えられないと思いました。立ち止まって、これからしたいことって何だろうと思ったときに思い出したのが、学生時代にも考えていた「海外就職」という道です。元々入社時にも、海外進出できなかったら3年で次のステップを考えようと思っていました。

あまり言い訳はしたくないですが、女性として結婚、出産、子育てというライフプランを考えた時に、身軽な今ってチャンスだなと思ったんです。

前職は人手が足りず、早朝出勤、終電後の帰宅、休日出勤が普通でした。自分の要領が悪く、追い詰められた時期もありましたがその時期をある程度乗り越えていたので少し余裕があったのかもしれません。ともかく、年明けの目標に、「今年転職する」と掲げて転職活動を始めました。

Palette編集部員
前職はかなりハードな環境だったんですね。

日本での会社員時代は、朝起きて、行きたくないなと思ったときやオフィスで毎日泣いている時期もありました。明らかにオーバーワークでした。目標数字を意識したことも無く、ただ日々をこなすことに集中していました。

営業でしたが、数字に執着したことがほとんどなく(執着する余裕が無く、が正しい表現ですが)目標数字を意識せずとも、ただやり切れば200%以上達成するような環境でしたので。(笑)ただ、その時期を経験したからこそ、感じることや、気づけたことも多くあります。もう一度あの時期に戻りたいとは口が裂けても言えませんが、過去を変えたいと思ったことはありません。

Palette編集部員
前職のタフな環境のおかげで自然とストレス耐性がついたんですね。。

はい。その点では、20代に自分のリミットを超えて働いた経験はよかったなと思ってます。

仕事や悩みを抱え込み過ぎると心が潰れてしまうことや、当たりの強い言葉を真面目に100%受けないことを学びました。メンタルが弱っていると、正常な判断ができなくなってしまいます。

できないことは、できないと意思表示する大切さ、程よく力を抜くべきところは抜く、仕事を家まで持ち込まない。そういったメリハリを意識した働きができるようになったのも前職の辛い時期を超えてから

Palette編集部員
インドを選んだ理由はありますか?

実は転職するまで、インドに来たことはありませんでした。海外転職で国を選ぶことは私自身あまり迷いがなく、逆にこだわりもありませんでした。若いうちにできる限り、タフな環境下で、カルチャーギャップを多く感じられる国がいいと思っていました。そこで、転職先の選択肢にインドがあり、決めました。

Palette編集部員
キャリアチェンジした理由は?

転職エージェントの「今まで何をやってきたかも大切ですが、それよりも将来何がしたいかをもう一度考えてみてください」という言葉で、自分の過去の棚卸、将来のビジョンを考えた結果、「会社としてヒトの成長に関われる職業」が将来のビジョンに繋がる仕事だということに気づき、キャリアチェンジを選びました。

Palette編集部員
ということは転職活動当初はキャリアチェンジは考えていなかったんですね

はい。転職活動当初はIT系の企業をメインに応募していました。転職活動における「場所、業界、業種」の観点で、全てを変えるので相当大変だと思いました。実は、そもそも業界を変える理由もあまりなく、将来やりたいことも特に定まっていなかったので。

当時の自分は、明確にやりたいことや「将来なりたい理想の姿」なんて無くて「とりあえず海外!」「グローバル人材になりたい」といった、曖昧な想いを転職面接で伝えており、「君は海外で何がしたいの?」「グローバル人材って何だと思ってるの?」「日本で英語使えればいいの?」などと、よく指摘されていました。

その時は反抗心が強くて、悔しい思いをしてましたが今考えると真っ当な意見でしたね。

Palette編集部員
どういったきっかけでキャリアチェンジという選択肢が出てきたのでしょうか?

インドという国を、転職先の場所、として決めた後、いくつか選考を受ける中で、転職エージェントからの言葉を受けて自身の棚卸しをしたことがきっかけでした。

棚卸しした項目は過去に感動したこと、刺激的だったこと、わくわくしたことを紙一杯に書き出して、自分という人間の歴史を振り返ってみたんです。その中で、大学3年生時に渡航したフィリピンで参加したスタディツアーのことを思い出しました。

JAC 鍵本

12日間のプログラムで、英語を学びながら、社会課題を知るという内容でした。日本から応募した学生と現地のボランティア学生がペアになって、寝食共にプログラムをこなして行きます。何となく、楽しくて継続してそのNGOと関わりを持っていましたが、その後運営側のサポートとして参加する機会がありました。

そこで、参加者の日本の大学生が初日に見せていた固い表情と、少し尖った対応がプログラムを通して劇的に変わっていく様子を見て、とても感動したんです。ここまで人が変化するんだというのを短期間で見て、素晴らしいなと感じました。その団体で働くことは収入の面でも正直厳しかったので、就職先としてはその当時選択肢に入りませんでした。

その時の出来事を思い出して、自分がどういった体験で感動したりポジティブな気持ちになるのかを認識したんです。それであれば、会社としてヒトの成長に関われる職業を選びたいと思い、人材業界である現職に入社することを決めました。

同時に、将来自分がどうありたいのかという長期的な視点でも考えるようになりました。どういった方向に向かって長くキャリアを築くのかといった筋道のようなものですね。

まだまだ具体化はできていないのですが、仕事を通じてヒトが成長、変化できる環境や機会を提供できるようなサポートができるようになる。「気づき」を引っ張り出してあげられるような仕組みを生み出せたらと考えています。その過程として、キャリアチェンジすることにしました。

自分の転職活動で迷走したからこそ、人材コンサルタントとなった今は、まず「転職の軸を定めて行きましょう」とお伝えし、軸探しを丁寧にサポートしています。

そこが見えてくるとぶれない転職活動ができますし、面接官にも説得力ある回答ができるようになりますから。私と同じように「なりたい姿なんて無い」と言われる方の方が多いので、お話する中でそれぞれのカタチ(理想像)を作っていければと考えています。

いざ、インド就職。英語を使って働くとは

Palette編集部員
インド渡航前の不安は?

インドの渡航は初めてでしたが、東南アジア諸国、海外にはいくつか行ったことがあったので国としての不安はほとんど無かったです。旅行、短期留学、インターンで以下の様な経験をしていたので、国(環境)が変われど多少のことは動じないと思ったからです。

・タイ語しか通じないおばさんに、ランドリーで毎回全力で気持ちを伝えて、オーダーしていた。

……英語圏ではない土地での生活の難しさを知る(タイの短期留学)


・東南アジアでよくあるマーケットの鼻をへし折るような悪臭。耐えがたいが、死ぬほどのことではないと感じた

……日本ほどクリーンな国が珍しいのだという勝手な納得感を得た(東南アジア 旅行)

・夜道でスマホをひったくられそうになったが、引っ張り返し、全力で走って逃げた。

……スマホを落として交番に届くのは日本くらい。自分の身は自分で守らないといけない。(カンボジアでのインターン期間)

JAC 鍵本

・真夏で大きなバックパックを背負い疲労困憊の中、道を尋ねたが、3名聞いて全員違う方向を示した。

…….全部書いてあるなんてことはまずない。100%ヒトを信じず、正解を自分で見つけるべき(スリランカ旅行)

・公共バスの中で痴漢されそうになる

……全て相手のせいにしない。相手も好奇心があることを忘れず、自分の身は自分で守る。(スリランカ旅行)

Palette編集部員
す、すごいですね。すでに海外で色々な経験をされていたんですね。

それよりも、キャリアチェンジで、全く経験のない業界で働くことに少なからず不安がありました。

自分で選んだキャリアチェンジでしたが、やはり思うようなパフォーマンスが出せるかどうか、キャッチアップしていけるかどうか、など考えていました。もちろん、入社してしばらくはその点で悩むこと、立ち止まることもありましたが自分のしたいこと、なりたい姿へ向けての通り道と考え、踏ん張ることができていると思います。

Palette編集部員
給与面は不安ではありませんでしたか?

はい。若い頃の努力は買ってでもしろという言葉があるように、経験を第一に考えていたので給与ダウンは納得していました。

インド就職で現地採用の場合9割は日本の年収より下がってまずスタートします。ただ、全く気にならないかと聞かれると、答えはノーですね。ほとんどお金を気にせず過ごせた前職とは変わりますので。その分、自身の目標や実績に対する意識は高まったので、結果的には、ここから年収アップできればいいと思っています。

Palette編集部員
英語面は不安ではありませんでしたか?

不安はもちろんありました。実務経験もありませんし、TOEICの点数も毎年会社で受けていたのですが年々下がっていたので。

ただ、「英語を使って仕事をする」というのは、海外転職で成し遂げたい目標の一つなので、多少苦労があっても、努力はする意気込みがありました。退職から渡航までの1か月も勉強は欠かさずしていました。

Palette編集部員
英語でコミュニケーションが取れるようになるまでどんな努力をされたんでしょうか?

実は、中学、高校時代英語にあまり興味がありませんでした。大学3年生になり、学生時代にやり残したことってなんだろうと考えた時に「留学」が思い浮かびました。

ろくに調べもせず、留学行けば英語ペラペラになるだろうという甘い気持ちでタイ留学へ。父の友人がタイの大学の教授で、その大学であれば半年通えるという話があったからです。英語圏ですらないタイで、知識も乏しく渡航してもちろん壁にぶつかりました。「全く喋れない、なにを喋っているか聞こえない」そんな日が続いていました。

ただ過ごす日々が続いたある日、ドイツ人の留学生から「君は僕の言ってることの半分も理解してないの分かったふりしてうなずくよね、もっと勉強した方がいいよ」とぶっきら棒に言われ、自分の情けなさと、英語への恐怖心が沸きました。その日から、英語を使うことが怖くなり、出来るだけ留学生を避けて通学し、家ではひたすら英語のインプットをし始めました。とにかく、学ばないと、という気持ちがあり、ひきこもりの日々が続きました。

タイ留学後にそのままフィリピンのスタディツアーに参加しました。そこでなんと、聞いた英語がスムーズに理解できて、更に口からもどんどん出てくる経験をしました。

フィリピン人のラテン的な明るさ、好奇心が英語への恐怖心をぬぐい取ってくれました。タイで感じた英語の壁、フィリピンで感じた英語を通じてのコミュニケーションの楽しさが私を海外への一歩に導いてくれた気がします。その後も地道に学習を続けて行ったことで、海外転職という道が開けたと思っています。

Palette編集部員
インド英語の訛りはかなりきついと聞きますが、実際はどうでしょうか?

ビジネスシーンでは英語がメインで使われています。正直、渡航直後はインド訛りの英語に戸惑いました。

ですが、わたしの場合、東南アジアの田舎訛りや、タイでの英語を聞いたことがあったので、訛りに慣れるのはあまり時間がかかりませんでした。

それよりも、働くうちに英語が「ツール」であることを深く実感しました。自身の意見を示したり、スピーディに、タイムリーに伝えることが求められる場面が何度もあり、自身の力不足に悩まされました。

それは英語が壁というだけでなく、それ以上に自分の主張を持ち、伝える力が不足していると感じたからです。これは、グローバルに働くということにも繋がる考えでもありますが、「主張を持ち、発信する」ということが求められると日々感じています。

Palette編集部員
ということは、英語力と主張する力の両方が必要になるわけですね?

そうですね。あくまでも英語はツールなので、英語は常に自身でブラッシュアップする必要があります。現場では、仕事を進める上での「主張する力」が特に不足しているなと、日々痛感しています。

Palette編集部員
インド就職での英語の利用頻度はどのくらいですか?

インドの就業にあたり、英語の利用頻度はポジションによって異なります。私の場合、顧客は日系企業が大半ですので、常時顧客に対して英語で会話することは無く、状況によって日本語と英語の両方を使用します。一方で、社内での話し合いや、連携は英語利用がほとんどです。

なので、これから転職をされる方が、どれくらい英語に重きを持って働きたいか、どの程度英語ができるかによって応募する求人、応募できる求人が変わります。会話で日常的な意思疎通ができればいいのか、英語の書類を読む必要があるのか、英語で高度な交渉をできないと応募できないのか、それは担当のコンサルタントに確認してください。面接で、英語チェックする企業もあります。ただ、大半は意思疎通できるレベルかどうか、確認するのが目的です。

Palette編集部員
インド、20代後半、独身、辛い時に不安や孤独は感じますか?

辛いことはありますし、悩むことはあります。ただ、孤独はあまり感じませんね。辛い時は苦しいのですが、自分を見つめ返すきっかけになりますし、ある意味筋肉痛みたいなものだと思ってます。痛みを伴うと、筋肉は肥大しますので。辛さの先には成長があると信じています。

あとは、辛い時や悩んだときは自分の中でゆっくり整理して、消化しきれなければ、友人に相談するようにしています。溜め込んでも、解決しないことは前職で学びました。

それと、私の自由な行動を理解してくれている家族の存在はおおきいですね。兄、妹がおり、真ん中のである私は兄弟の中でも一番自由にさせてもらっています。一人っ子ではなく、兄弟がいるからこそ親に何かあったら困るから、という心配もなく海外に出ることができています。

そして、いつも私の選択を後押ししてくれる両親には計り知れない感謝があります。恵まれた環境だと思いますし、心配をかけながらわがままさせてもらっていると思います。ただ、そのチャンスをもらえたからには最大限使っていきたいというのが私の考え方です。

Palette編集部員
辛い時や辛くならないように努力していることってありますか?

定期的な運動ですね。

ランニングして汗をかくと、気分がさっぱりしますし、気持ちも前向きになります。

JAC 鍵本

長距離を走るのは辛いこともありますが、気づきが多くあります。特に長距離は自分と向き合う時間が長く、ある意味耐えなければいけない時間も長い。練習量や集中力、持続すること、身体と向き合うこと。すべてが結果に、素直に表現されるこのスポーツは私に耐えることを教えてくれます。また、時に諦めることの重要さも教えてくれます。

インドで働いて気づいたインド就職の魅力

Palette編集部員
インド就職だからこそ実現できたポジティブな面ってありますか?

時間の過ごし方、働き方を良い方向に変えられました。

インドは基本的に残業がありません、残業代という考え方がないそうです。まず、ここの感覚にカルチャーショックを受けました。慣れているうちに、いかに効率よく、すべき業務に集中するかを考えるようになりました。

働く姿勢だけでなく、生活にもその変化が起きました。以前は食事する時間も惜しんで過ごしていましたが、インドではほとんど自炊をしています。家もキッチンが広く、料理しながら音楽を聴いたりします。これは今までの自分になかった時間です。

とても大きな変化で、今後の生活にも大きく影響すると思います。これまでは、仕事中心(むしろ仕事100%)の生活でしたが、自分の時間を持つことで、食事や趣味、学びの時間を得ることができています。

もう一つはインドに来て、自分の価値や可能性が広がっていると感じます。

「きっかけは何でもよく、そこで何をするかが大切」をいうのが、私の考え方であり、結果的に選んだ国で吸収できることは無限大だなと感じています。インド人という難しさ、宗教、文化、インドにいる日本人の個性の強さ、仕事の難しさ、何を取り上げても特別なことが多いです。あまり多くの人の経験していないという希少性も大きな魅力です。ただ、ここで何をするか、どう過ごすかは自分次第だと日々感じています。過ごすのは誰でもできることだと思います。(ある程度環境に順応できる人であればという条件付きですが)

「駄目元でも交渉する」

インドに来て身に付いたことの一つを例に挙げると、とりあえず、できるか聞いてみる。ということです。仕事の交渉の場でもよくありますが、日常的にも「この料理メニューにないけど、作れる?」と聞くと、意外とできたりするのがインドです。ある意味図太い神経は日本人には備わっていない能力ではないでしょうか。

「アイデアが浮かんだら、まず行動してみる」

自主的に考えて、行動に移す早さはこちらで身に付いたことの一つです。もたもたしていると、置いて行かれるのがインドです。何かと、日々刺激のある国であることから頭の柔らかさは倍増したと感じます。

前職の「受身」の働き方ではなく、「能動的」な働き方ができるようになっていると日々実感しています。現職のインド拠点はまだまだ設立して10年未満の会社で、あちこちが挑戦の宝庫です。どうすればいい方向になるのか、どうすれば大きな会社になっていけるのか試行錯誤できる環境があります。

転職して、初めて気づく、自分の弱点や、強みもあります。小さい所帯で働くからこそ、個の特徴や、良さが出てきて面白いと思っています。現時点では、海外転職して広がった世界の方が多く、自分の選択に感謝しています。

Palette編集部員
ズバリインド転職して良かった?

はい。後悔したことは一度もありません。選んだ道にいちゃもんを付けず、自分の選択に責任を持って、その道がいい選択だったと言えるように変えていきたいと思っています。

もちろん、迷うことは時々あります。実績を出せずに、泣き寝入りすることになったらどうしようかと思うこともありましたし、悩みすぎて、前職の上司に国際電話をかけたこともあります(笑)

そしたら、「超ドメスティックな会社から、海外に自分で出て行ったんだから、簡単に帰ってくるなよ。帰るなら、何かしらの実績を出してから。でも辛い時は電話してもいい」と喝を頂きました。本当に人に恵まれているなとつくづく思います。

Palette編集部員
転職をして「グローバル人材とはなにか」の答えはでましたか?

転職活動時に面接官によく聞かれた、「グローバル人材とはなにか」という質問の答えですが、現時点で考える私の思う「グローバル人材としての働き方」は、様々なバックグラウンドの方と共に同じ目標に向かうということだと思っています。

それは年齢、性別、宗教、価値観等がそれぞれ違う中で、どうやって理解し、調和させ、ゴールに運んでいくか、ということです。インドは特におのおののバックグラウンドが異なります。

インドと言えど、13億人の大国は、地域によって使われる言語や、食習慣、肌の色や外見も違います。インド人同士でも意思疎通が難しい中、まずは相手を知ろうとすること、足並みを揃えられるよう歩み寄ることがグローバル人材には大切だと感じています。

同時に、社会や会社、チームの目標をしっかり設定し、それに向かって仲間を巻き込んで走り続けることも大事ですね。まだまだ、自分には足りない力ですが少しでも近づけるように日々、進んでいます。

この質問については、自分で中々答えが見いだせず、インドで出会った先人の方々に聞きまわった結果も含まれています。答えが見つからず、インドで活躍されている方によく聞いています。

Palette編集部員
インドはグローバル人材として成長できる場所と感じますか?

グローバルの定義が多言語、多宗教、多価値といった多様性(ダイバーシティ)とするならば、インドはグローバル人材として成長するにはうってつけの場所だと実感しています。

また、インドのような変化速度の早いマーケットにおいては、グローバル人材の定義も日に日に変化するように感じます。その変化に順応していくことでグローバル人材として成長しているように感じます。

JAC 鍵本

Palette編集部員
これからの自分、目標を教えてください。

そもそも、ヒトに求められていることが「仕事」だと思っているので求められること以上の価値をこっそり添えて行ける人間になりたいと思っています。それは私自身が、エージェントの方にして頂いたのと同じことです。

JAC 鍵本

最終的な夢は「いいおばあちゃんになること」です。神奈川県に住んでいた私からすると遠方に住んでいた祖母。その存在はわたしに大きな影響を与え、亡くなった今も私の胸に残っています。このエピソードは気になったら、是非面談時に聞いてください。(笑)

「ヒトの一歩に携われること」そんな仕事が実現していければ、素晴らしいと思っています。

インド就業を目指す方へメッセージ

インドは冬場空気汚染が世界一悪く(北インドは特に)、夏は暑く、環境はとても厳しいです。ただ、インド人、日本人ともに出会える人は、魅力的な方が多い印象です。

自分がインドという土地に来て、したいことをある程度明確にしてから渡航すること、来てからもそれを意識し続けることが重要だと思います。転職で環境を変えることは大きな一歩です、こちらに来て自分を変える努力も忘れてはいけないことだと思います。

「自粛期間限定でオンライン英会話を立ち上げてみた」

コロナウィルスの影響でインドはロックダウン、日本は外出自粛と、今までにないことを経験しました。そこで、何か自分にできないかと考え、思い浮かんだイメージメモに走り書きしました。そのメモを片手に友人に連絡して、一気にアイデアをまとめて、無料のオンライン英会話コミュニティを立ち上げました。(日本の外出自粛が始まった直後、4月初旬の出来事です)

日本では、外出規制の縛りが緩く、インドから一時帰国した私からすると衝撃的でした。こんな環境の中、どうやって上手に家で過ごしてもらえるのか?それを考え、カタチにしたのが今回の英語コミュニティでした。

まさに「アイデアが浮かんだら、まず行動してみる」の実例になると思います。

頭を柔らかく柔軟に、そして想いをカタチにできるようになった今だからこそこういった動きができているのだと実感しています。

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